数々の名作を残した伝説のバンド「ビートルズ」、その最高傑作を決めるのは難しい。
しかしその候補として、アルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』は間違いなく挙がることでしょう。

ロックを「芸術の域」まで高めたとも言われるコンセプトアルバムで、本作は「ロックの金字塔」ともされています。
しかし、この記事で取り上げるのはそのアルバムではありません。
アルバムと同名の映画『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』(邦題:サージャント・ペッパー)、及びそのサントラです。

「史上最高」のロックアルバムの映画化、しかしそれは皮肉にも「史上最悪」の映画を生むことになります。
その理由について説明する前に、まずは映画の成り立ちから追っていきます。
1978年に上映されたこの映画、その発端は1974年のブロードウェイ上映まで遡ります。
ブロードウェイ化
70年代は「ロックミュージカル」の当たり年でもありました。
60年代後半に公開されたロックミュージカルの元祖、『ヘアー』が大ヒット。

それを皮切りに、『トミー』や『ジーザス・クライスト・スーパースター』などのロックミュージカルが次々とヒットします。
それら全てのミュージカルを手掛けたのが、英国レーベル「RSOレコード」の創始者、ロバート・スティグウッドです。

ロバート・スティグウッド(以下:ロバート)は、ビージーズやクリーム、エリック・クラプトンのマネージャーでも知られています。
彼は映画『サタデー・ナイト・フィーバー』や『グリース』も手掛け、これらがサントラとともに大ヒット。


二枚のサントラは「史上最も売れたアルバム」となり、「RSOレコード」は「70年代で最も成功したレコード会社」となっていました。
こうして大成功を収めていたロバートは、伝説のバンド「ビートルズ」に目をつけ、彼らのブロードウェイ化を目論見ます。
『サージェント・ペパーズ』と『アビー・ロード』から計29曲の楽曲の権利を購入し、『ヘアー』などのロックミュージカルを手掛けたトム・オホーガンを監督に迎えます。
こうして1974年、ミュージカル「Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band on the Road」がブロードウェイで上映されます。

しかしこの作品は酷評とともに失敗に終わり、上映からわずか6週間ほどで幕を閉じます。
曲の歌詞から脚本を作りだした支離滅裂な筋書きとともに、批評家からは「安っぽいサーカス」と叩かれたそうです。
しかし、すでにビートルズの楽曲の使用権を買い取っていたロバートはここで諦めず、次は映画化で再チャレンジを図ります。
映画化へ
折しもこの時、ほかの監督が同じくビートルズの楽曲を用いた映画『映画と実録でつづる第二次世界大戦』(1976年)を公開。

しかしこの映画は酷評され、失敗に終わったことで、その翌年、ロバートはプロデューサーとして自身の映画に着手します。
まず映画監督としてマイケル・シュルツ、脚本家としてヘンリー・エドワーズを選出。
主演は、大ヒット作『サタデー・ナイト・フィーバー』と『グリース』の音楽を手掛け、ディスコブームで大人気だったビージーズ。

そして同じく、アルバム『フランプトン・カムズ・アライヴ』の大ヒットで一躍スーパースターとなったピーター・フランプトン。

また悪役にアリス・クーパーやスティーヴン・タイラーも参加するなどの豪華キャスト。
音楽監督を務めたのは、「5人目のビートルズ」とも称されたジョージ・マーティン。
エンジニアも、これまたビートルズの諸作を手掛けたジェフ・エメリック。
まさに「完璧」とも言える布陣で、配給会社のユニバーサルは本作について「この世代にとっての『風と共に去りぬ』」と宣伝。
主演のビージーズのロビン・ギブは映画について、公開前に次のように述べています。
「今の子供たちはビートルズの『サージェント・ペパーズ』を知らない。そして、もし彼らが私たちの映画を見て、私たちの演奏を聴いたなら、彼らが共感し、記憶に残るのは、このバージョンになる。残念ながら、ビートルズは二の次になるだろう」
「ビートルズは何年も前に解散し、『サージェント・ペパーズ』をライブで演奏したこともなかった。我々のバージョンが公開されれば、実質的に、彼らのバージョンは存在しなかったのと同じになる」
「ビートルズが『ロング・トール・サリー』や『ロール・オーバー・ベートーヴェン』を演奏するのを聞いたとき、リトル・リチャードやチャック・ベリーのバージョンを気にしたか?」
あの天下のビートルズをまさかの「過去にする」と言わんばかりの発言。
この発言からも、この映画によほどの自信があったことが伺えます。
そして惨敗
こうして1978年、ついに映画が上映。

映画は予算1800万ドルに対して、2040万ドルの収益を上げました。
しかし、批評的には大失敗、あらゆるメディアから叩かれます。
出演したアリス・クーパーは「ビートルズに対する完全な冒涜」と批判。
あるジャーナリストは「ジョン・レノン暗殺以来のビートルズ最大の悲劇」とまで言います。
なお映画評価サイト「Rotten Tomatoes」では、肯定的なレビューがわずか11%のみ。
同サイトの「酷評」の基準が「60%以下」なので、途方もない低評価です。

順調だったと思われた映画化、一体なぜこんなことになったのでしょうか。
支離滅裂なストーリー
本作のストーリーは、次のようなものです。
- 大戦中、サージャント・ペッパーが魔法の楽器で世界に平和をもたらす
- 魔法の楽器は彼の死後、故郷の「ハートランド」に置かれることに
- 彼の孫とその親友たちがバンド「ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」を再結成、町で成功を収める
- バンドは大手レコード会社と契約、恋人を残し、LAでロックスターに
- しかしハートランドの魔法の楽器が悪者たちに奪われ、バンドは魔法の楽器を奪還するべく、故郷に帰還
- 悪役のエアロスミスとの決闘など色々あって、大団円を迎える
ここで、問題が起きます。
主演のビージーズの「強いイギリス訛り」が、アメリカのハートランド出身という設定と合っていなかったのです。
さらに、本作で映画デビューを果たす主演のビージーズもピーター・フランプトンも大根役者で、演技ができませんでした。
そのため脚本に大きな修正が加えられ、セリフの箇所が全て歌に置き換わりました。
そしてわずかに残ったセリフ部分は、すべてコメディアンのジョージ・バーンズが担当。

そのため、映画についてはほぼ全て「歌と映像のみ」で進める必要があります。
そして苦肉の策として、「曲の歌詞と脚本を同期させる」というアプローチが取られます。
しかし、ビートルズの『サージェント・ペパーズ』は確かにコンセプトアルバムですが、曲それぞれが独立しています。

ロバートが1975年に映画化したザ・フーの『トミー』とは違い、こちらはアルバム全体で一つの物語というわけではありません。

それでもむりやり曲の歌詞に当てはめようとすると、一体どうなるのか。
棺を運ぶシーンで「Carry That Weight(重荷を背負う)」が流れるなど、大喜利みたいな展開がずっと続きます。

むりやり曲の歌詞に当てはめようとしたことで、映画の展開は支離滅裂でシュールなものとなったわけです。
また脚本も「小さな田舎町での争い」という、映画にするには非常に弱いものです。
そもそも脚本を書いたヘンリー・エドワーズ、もともとは音楽評論家で、これまで一度も映画の脚本を手掛けたことがないのです。
衣装も、演技も、脚本も、演出も、全てが上手くいってるとは言い難いものでした。

当時流行っていた「スターウォーズ」の影響か、ロボットやライトセイバー対決も登場しますが、そこはご愛嬌でしょう。
(スターウォーズと言えば、黒歴史となった伝説の『スター・ウォーズ・ホリデー・スペシャル』もこの年に上映でしたね)

私も映画を観ましたが、セリフもなく、歌いながら奇妙な映像がずっと流れる様は、シュールで不思議な体験でした。
なお映画を観たポール・マッカートニーは後に、このように述懐しています。
「『これは絶対にうまくいかない』って言ったんだ。みんな『サージェント・ペパーズ』というアルバムからそれぞれ独自のイメージを持っているからね。もしたった一つのイメージを選んだとしても、それでは絶対に足りない。みんなのビジョンは私のものとは違うんだから」
音楽について
肝心の音楽についてはどうでしょうか。
この映画には多くのミュージシャンが参加しており、エアロスミスやEW&Fなどの演奏は名カバーとして語り継がれています。
それ以外は尖った演奏はなく、酷評されるほど悪くもないと思います。
ただ楽曲は(使用権をあらかじめ購入した)『サージェント・ペパーズ』と『アビー・ロード』の29曲からのみです。
よって楽曲はシングルよりもアルバム曲が中心で、選曲としては正直微妙です。
そもそも、ビージーズとピーター・フランプトンにビートルズを歌わせたのは、果たして正解だったのでしょうか。
私は映画を観て、正直「ビートルズ本人が歌うのを聴いたほうがいい」と感じました。
ともに大人気だったミュージシャン、やはりオリジナル曲を歌わせたほうが、何倍も魅力的だったように思います。

なお、ジョージ・ハリスンはこの映画について、次のようにコメントしています。
「彼らにはそんなことする必要はなかった。ビートルズがローリングストーンズを真似しようとしているようなものだ。ローリングストーンズの方が上手くできる」
映画がもたらしたもの
映画の上映前に出たサントラは、ビートルズブランドも手伝い、数週間にわたってチャートに留まり続けました。
しかし、この直後に公開された映画がコケたことで、サントラの売れ行きも失速。
400万枚のうち、売れ残った200万枚以上が返却され、それらは廃棄されることになります。
そのことで、100万枚以上売れた「プラチナムセールス」とは逆の、史上初の100万枚以上返却された「逆プラチナム」と揶揄されます。
こうして70年代に「最も成功した」レコード会社の一つだったRSOレコードは莫大な負債を抱え込み、ロバートも去ったことで破綻します。
本作の失敗は、ビージーズとピーター・フランプトンの両者にも影響を及ぼしました。

ビージーズは、映画のスタジオに大量のコカインで溢れていたことで薬物中毒で苦しむことに。
さらに、ディスコブームの衰退も重なり、ビージーズのキャリアはしばらく低迷します。
そしてピーター・フランプトンの人気も一気に失速、この後はヒットに恵まれなくなります。
なお彼はロバートから「ポール・マッカートニーが映画に出る」と騙され、出演しました。
結局、ポールの姿はそこにはなく、ピーターはそこで初めて騙されたことに気づきます。
「撮影初日から、これは大惨事だと悟った。私は辞退しなかった。訴えられそうだったからだ。でも私たち全員、その映画に出演するのが嫌だった」
さらにこの映画は、アリス・クーパー、ジョニー・ウィンター、ビリー・プレストン、ティナ・ターナーなど、多くの出演者が本作後、低迷期を迎えた「デス映画」として語られています。
こうして、上映前に「ビートルズを過去にする」と語られた映画は、関わった者たちをことごとく過去のものにしました。
そして映画はその酷さから、今日では皮肉にも「カルト映画」としての地位を築いています。
良かったこと
何か良かったことはないのでしょうか。
収録曲はことごとく酷評されましたが、中には名カバーとされる曲もありました。
その一つが大ヒットを果たしたエアロスミスの「カム・トゥゲザー」。

そしてグラミー賞にも選ばれた、アース・ウィンド&ファイアの「Got To Get You Into My Life」です。

皮肉なのは、これら大ヒットした2曲は、映画でジョージ・マーティンが「唯一手掛けなかった」曲だということです。
なおジョージ・マーティンは後に、この作品に関わったことを後悔していたと語っています。
ちなみに、これは「話半分に聞いてほしい」のですが、1979 年に共産主義時代のポーランドで映画が大ヒットしたという話があります。

100万人近くの観客を集め、 10代の若者たちが繰り返し見たというのです。
批評家からは酷評されたものの、鉄のカーテンで制限されていたポーランドで、若い観客は感銘を受けたそうです。
ただ、何故「話半分に聞いてほしい」のかと言うと、このことが述べられているのがこのサイトのみで、他では見つからなかったからです。
そのため真偽は不明ですが、もし本当だったらとても興味深い話ですね。
コミック化
ちなみに本作をマーベル・コミックがコミック化するという話もありました。

しかし、ロバートが非協力的で、映画の脚本も度々変わったことで、出版日が延期に。
結局、映画が失敗に終わったことで、アメリカ向けの企画が立ち消え、コミックはオランダとベルギー、フランスのみで出版されました。

著者のジョージ・ペレスの言葉はこうです。
「アメリカで出版されなかったことに、心から感謝しています」
スターウォーズ版ビートルズ
最後に、これは余談なんですが、『Princess Leia’s Stolen Death Star Plans』というアルバムをご存知でしょうか。

これはサージェントペパーズの歌詞をスターウォーズに置き換えて歌ったアルバムで、これがなかなかよく出来てるのです。
全曲分のミュージックビデオもあり、ビートルズとスターウォーズへの愛を感じ、個人的にはこの映画よりもずっと楽しめました。
もしどちらか、あるいは両方のファンであれば、ぜひご視聴をお勧めします。

最後までお読み頂き、
ありがとうございました。
【参考文献】Bee Gee Days
https://ja.beegeesdays.com/974-circus-mag-sgtpepper-cover-story/
【参考文献】ゆめ参加NA Beatles ブログ Paul McCartney & NAドリ
http://lightnews.blog137.fc2.com/blog-entry-7166.html
【参考文献】Web音遊人(みゅーじん)
https://jp.yamaha.com/sp/myujin/60785.html
【参考文献】鳥肌音楽 Chicken Skin Music
https://ameblo.jp/sugarmountain/entry-12085590000.html
【参考文献】DREAMS ARE WHAT LE CINEMA IS FOR…
https://lecinemadreams.blogspot.com/2019/01/sgt-peppers-lonely-hearts-club-band-1978.html
【参考文献】A Pop Life
https://en.apoplife.nl/the-story-of-a-rare-flop-the-movie-sgt-peppers-lonely-hearts-club-band/
【参考文献】Moria
https://www.moriareviews.com/fantasy/sgt-peppers-lonely-hearts-club-band-1978.htm
【参考文献】The EOFFTV Review
https://eofftvreview.wordpress.com/2023/08/11/sgt-peppers-lonely-hearts-club-band-1978/
【参考文献】IN THE LIFE OF THE BEATLES
https://lifeofthebeatles.blogspot.com/2011/05/sgt-peppers-lonely-hearts-club-band.html
【参考文献】Midnight Only
https://www.midnightonly.com/2012/05/25/sgt-peppers-lonely-hearts-club-band-1978/
【参考文献】Collider
https://collider.com/beatles-sgt-peppers-lonely-hearts-club-band-movie/
【参考文献】Onstage Magazine
https://onstagemagazine.com/movie-review-sgt-peppers-beatles/
【参考文献】Gold Radio
https://www.goldradio.com/artists/the-beatles/sgt-peppers-musical-film-bee-gees/
【参考文献】Mutant Reviewers
https://collider.com/beatles-sgt-peppers-lonely-hearts-club-band-movie/
【参考文献】Ultimate Classic Rock
https://ultimateclassicrock.com/beatles-sgt-pepper-musical/
コメント